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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)184号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 まず、原告は、相違点(1)についての審決の判断は、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過したものであつて、誤りである旨主張するので、この点について判断する。

(一) 成立に争いのない甲第六号証によると、引用例の明細書の項に次のような記載が存することが認められる。すなわち、特許請求の範囲第二項として、「前記特許請求範囲第一項記載の如き強力にして柔かな繊維性シート材を形成する方法にして、二五九平方メートル(二八八〇平方フイート)の広さ当り二・二キログラム(五ポンド)乃至二四・七キログラム(五五ポンド)にわたる基準重量をもつセルローズ性繊維のウエブを形成する段階と、該ウエブの一面に接着剤を微細なパターン状に実施し該接着剤により互に繊維が接着される接着ウエブ部分を形成する段階と、前記ウエブの前記一面を縮み加工用表面に係合せしめ前記接着ウエブ部分を前記表面に粘着せしめる段階並びに前記ウエブを前記縮み加工用表面より縮み加工し前記シート材を形成する段階とを有する強力にして柔かな繊維性シート材の形成方法。」との記載があり(この点は当事者間に争いがない。)、また、発明の詳細な説明中に、「紙ウエブの柔かさをそこねずにウエブに強度をあたえてその上更にウエブの嵩を増加させウエブのあらゆる方向にかなりの伸びをあたえるよう紙ウエブに接着剤を実施する方法を見出すことは全くの所期待出来ないものであり且つ驚くべき事柄であつた。」(第二頁右下欄第三行ないし第八行)、「其の上、本発明方法によるウエブの接着面域の縮み加工により表面が柔かくなり従来の接着ウエブ部分に有りがちの粗々しさがとり除かれる。偶然に判つたことだがこの縮み加工は単に接着面域の表面を柔かくするのみならず大体にウエブの嵩をかなり増加させるものであつた。其の上、この縮み加工によりウエブの非接着面域を曲げたりふくらましたりしてウエブの接着部分のみが短かくなつたのでウエブの面のあらゆる方向にわたりかなりの伸びが得られた。」(第三頁左上欄第二行ないし第一一行)と記載があることが認められる。

引用例の右記載からすると、セルローズ繊維のウエブの一面に接着剤を微細なパターン状に付与して該接着剤により互いに繊維が接着される接着ウエブ部分を形成し、このウエブを縮み加工することにより、これら各処理を行う前のウエブに比較してそれ自体の面ですべての方向にかなりの伸びを持つ強力にして柔らかな繊維性シートを得る技術が開示されているものと認められる。

また、前掲甲第六号証によると、引用例の第九頁ないし第一〇頁に記載の実施例2として、ウエブの片面にパターン状に接着剤を付与し、縮み加工したシートを形成し、このシートを同様構造の第二シートに組み合わせ二層シートを形成したものが記載されていることが認められる。この二層シートは二個のシートを組み合わせたものではあるが、引用例のこの実施例の記載によると、引用例は、二枚のウエブのそれぞれの片面にパターン状に接着剤を付与し縮み加工したものを貼り合わせて、一枚状のウエブにするという技術をも開示しているものというべきである。

これらの点を考慮すると、引用例記載の発明のウエブの処理面の裏面においても、引用例記載の発明と同様の処理を行い、本願発明のように構成することは、必要に応じて、特に嵩高いウエブを得ようとする場合当業者が容易に着想する程度のことであると認めるべきである。

(二) そこで、本願発明が接着剤(結合物質)の含浸結合領域を両面に設けクレープ処理していることにより奏する作用効果について判断する。

(1) まず、引用例の前記記載によれば、基ウエブの表面に含浸結合領域を設け、これをクレープ処理することにより、基ウエブの柔軟性及び機械的性質が改善されるとの点が、本件出願当時知られていたものというべきである。

(2) 成立に争いのない甲第三、第五号証によれば、本願明細書の表1で、本判決別紙4のとおり、「一五六、三二七号の製品」との比較で本願発明の実施品の特性値が記載されていること、及び昭和五七年一〇月一五日付け審判請求理由補充書の「比較データー 表Ⅱ」で、本判決別紙3のとおり、本願発明による試料の特性値と引用例記載の発明による試料の特性値とを比較したデータが示されていることが認められる。

なお、右認定の対照例のうち「一五六、三二七号の製品」は米国特許願第一五六、三二七号発明による製品であることは前掲甲号各証により明らかであり、引用例記載の発明と米国特許願第一五六、三二七号発明との関係は、引用例記載の発明の特許出願における優先権主張の基となつたアメリカ合衆国における特許出願(出願日一九七〇年四月一三日、出願番号第二七、七四三号)の部分継続出願として同国特許出願(出願日一九七一年六月二四日、出願番号第一五六、三二七号、すなわち、「米国特許願第一五六、三二七号」)がなされ、これに基づいて特許第四、一五八、五九四号が付与されたものであること(この特許発明明細書が甲第八号証である。)は、当事者間に争いがなく、したがつて、米国特許願第一五六、三二七号は引用例記載の発明に直接に関連、対応するものではない。しかし、成立に争いのない甲第八号証(米国特許願第一五六、三二七号の特許発明明細書)によれば、右明細書の発明の概要中には、「本願は、上記特性を持つ強くて柔軟な繊維質シート材を形成するに至るもので、二八八〇フイート(の連)当たり五ないし五五ポンドの基準重量を持つセルロース繊維のウエブを形成する段階とそのウエブの一面に接着剤を微細なパターン状に適用し、その接着剤により互いに繊維が接着される接着ウエブ部分を形成する段階を含む。そのウエブの一面を縮み加工表面に係合させ、接着ウエブ部分をその縮み加工表面に接着させ、そこでそのウエブをその縮み加工表面より縮み加工し本願発明のシート材を形成する。(第三欄第三七行ないし同欄第五〇行)という記載があることが認められるのであり、前記引用例記載の発明の特許請求の範囲(2)の記載部分に照らすと、米国特許願第一五六、三二七号発明に示される繊維シート材の形成方法は、引用例記載の発明の方法と実質的に相違するものではないと認められる。

(3) ところで、前掲甲第三、第五号証の記載によつても、本願発明のように基ウエブの表面に含浸結合領域を設けこれをクレープ処理することを基ウエブの両面に行うことによる結果は、すべての特性値が向上しているわけではなく、その特性値が向上したものについても、前記「一五六、三二七号の製品」及び引用例記載の発明による試料の特性値の単に数量的な増加の範囲内にとどまるというべきである。なるほど、本願明細書の表1(本判決別紙4参照)によると、MD張力の改良度においては本願発明の実施品が米国特許願第一五六、三二七号発明による製品の三二倍の数値を示しているが、他の特性の改良度においてはCD張力が二・六倍である以外はすべて二倍以下にすぎないことが明らかであるから、MD張力のみの突出した改良度を根拠に本願明細書の表1(本判決別紙4参照)が本願発明の作用効果の顕著性を裏付けるものということはできない。また、前掲審判請求理由補充書の「比較データー表Ⅱ」も、同表の内容に関する被告の意見について判断するまでもなく、表示された数値自体、前記のとおり本願発明の作用効果の顕著性を示すものとは評価できないものなのである。

(4) 次に、原告が援用する本願明細書記載の実施例が示す本願発明の実施品の特性値(本判決別紙1参照)は未処理ウエブ(基ウエブ)の特性値と対比したもの、本願明細書の第2表が示す本願発明の実施品の特性値(本判決別紙2参照)は従来の多プライ製品として米国特許第三、四一四、四五九号発明(その技術内容、特に引用例記載の発明との関連性については、原告からこれを解明する何らの主張もなされていない。)による製品の特性値と対比したものであることが前掲甲第三号証により明らかであり、いずれも引用例記載の発明による製品の特性値と対比したものではないから、対比の結果に対する評価について述べるまでもなく、これまた本願発明の奏する作用効果の程度を測る資料としては不適当なものといわざるを得ない。

また、原告が、本願明細書の発明の詳細な説明中で本願発明に係る物の物理的特性として掲記されている具体的項目に即して整理したと主張する特性値なるものも、専ら実施例に挙げた基ウエブと対比した改良度のことをいう以上に出ず、引用例記載の発明の特性値と対比した主張内容となつているものではないから、採用すべき限りでない。

(5) 本願明細書には、引用例記載の発明と実質的には相違しないこと前述のとおりである米国特許願第一五六、三二七号発明が主としてテイツシユのような比較的連量の小さいウエブを対象としているのに対して、本願発明は、タオルのような強度やバルク及び吸収性が要求される、より苛酷な用途に供されるものを対象としているとの趣旨の記載(甲第三号証第四頁左上欄第四行ないし第九行)があるから、要求される本願発明による製品の特性は、引用例記載の発明による製品の特性とは異なり、したがつて、本願発明と引用例記載の発明とは、その作用効果において顕著な相違があるとすべきかどうかについて付言する。

前掲甲第六号証によると、引用例記載の発明の繊維性シート材は、その特許請求の範囲の記載上、ウエブが二八八〇平方フイートの広さ当たり約二・七キログラム(六ポンド)ないし二七・一キログラム(六〇ポンド)に当たる基準重量を有することが認められるのに対し、前記の本願発明の要旨によると、本願発明の繊維性シート材は、ウエブの連量が二八八〇平方フイートの広さ当たり約九キログラム(二〇ポンド)ないし四五キログラム(一〇〇ポンド)であり、本願発明と引用例記載の発明は、連量において一致する範囲がある。

また、前掲甲第三号証によると、本願明細書に、「本発明は、主に製紙用繊維からつくられる、使い捨てのタオルやナプキン等に使われる吸収性のある繊維質シート材料とその製法に関する。」との記載(甲第三号証第二頁左上欄第三行ないし第五行)があることが認められるのであつて、本願発明の繊維性シート材料は、使い捨てのタオルやナプキン等に使われることが意図されていたものである。他方、前掲甲第六号証によると、引用例には、引用例記載の基準重量を有するものについて、「一般にこの範囲に入るシート製品は柔らかさと嵩が重要とされる場所に例えばふき物としての液吸収性の故に更に又強度が重要視される場所に主として使用されるので」との記載(第四頁左下欄第一五行ないし第一九行)があることが認められ、この記載からすると、引用例記載の発明の繊維性シート材料も、本願発明で意図されていた使い捨てのタオルやナプキン等への使用を予想していたものと認めることができるのであつて、要求される本願発明による製品の特性と引用例記載の発明による製品の特性とが、本願発明と引用例記載の発明の作用効果において顕著な相違が生じるまでに相違しているものとは到底認めることができないのである。

(6) そうすると、本願発明において、接着剤(結合物質)の含浸結合領域を両面に設けクレープ処理することによる作用効果は予期し得ないものとはいえず(なお、前記本願発明の要旨によると、本願発明におけるクレープ処理は片面だけに行う場合も含まれるところ、この場合の作用効果は両面にクレープ処理する場合に比して優れたものとなるものではないことが自明であるから、この場合の作用効果も予期し得ないものとはいえない。)、相違点(1)について、「本願発明は、ウエブの片面に接着剤含浸結合領域を設け、クレープ処理した引用例に記載の技術において、ウエブの他面にも単に行つてみたにすぎないものであつて、当業者が当然になし得る程度のことと認められる。」とした審決の判断は誤りではない。

2 次に原告は、相違点(2)についての審決の判断は、結合物質をウエブの厚さの一〇ないし六〇%にわたり浸透するようにしたことの技術的意義を誤認したものであつて、誤りである旨主張するので、この点について判断する。

前掲甲第六号証によると、引用例には、「従つて、接着剤の少くとも一部はウエブ19を貴通しウエブ19の面の総ての方向にしみ通る。而しながら、ウエブ面の総ての方向における移動を最小限におさえ接着剤をともなはないウエブのかなりの部分を含む面域を残すことが望ましく、これについては後記で明白にされる。」との記載(第六頁右上欄第七行ないし第一三行)、及び「ウエブ37の第4図に示す側の突起部に接着剤がある。この突起部にある少くとも若干の繊維が接着剤で互に接合され接着ウエブ部分を構成しこの部分は接着剤のない第4図突起部40の真下に位置する隣接非接着ウエブ部分より大きな強度をもつ。」との記載(第七頁右下欄第一四行ないし第一九行)があることが認められる。

これらの引用例の記載からすると、引用例記載の発明の繊維性シート材料においても、突起部に接着ウエブ部分が存在するが、その真下部には非接着ウエブ部分が残つており、引用例の記載によつても、それはかなりの部分が残つていることが好ましいものであるということができる。

したがつて、本願発明のように両面に接着剤(本願発明にあつては、結合剤)を付与する場合にあつても、その真下部に非接着ウエブ部分を残すことは、当業者にとつて、容易に想到し得るものであるということができる。

さらにまた、本願発明における「結合物質は前記ウエブの厚さ一〇乃至六〇%にわたり浸透し」という要件も、接着ウエブ部分の真下に非接着ウエブ部分を残すという課題を達成する場合に当業者が容易に選択し得る範囲のものと認められるだけでなく、前掲甲第三号証によると、本願明細書には、浸透するウエブの厚さが一〇ないし六〇%という限定によつて顕著な作用効果が奏せられることについての記載がないことが認められるのであり、したがつて、本願発明において、右限定に格別の技術的意義があると認めることもできないのである。

原告は、引用例記載の発明は片面処理に関するものであつて、引用例記載の発明には両面含浸の技術的思想が含まれていないのみならず、引用例記載の発明には、結合物質の浸透度に関連して両面からの接着剤がつながらないようにする技術的思想もない旨主張するが、前掲甲第六号証によると、引用例の明細書上、引用例記載の発明が出来上がりのシートにおいて片面処理したものに限られる旨の記載は存しないことが認められるのであるから、引用例記載の発明に両面含浸の技術的思想が含まれていないとすることはできないというべきであるし、また、引用例記載の発明の繊維性シート材における突起部の接着ウエブ部分の真下部に非接着ウエブ部分をかなり残すという技術的思想が開示されているとみるべきこと前説示のとおりである。したがつて、原告の右主張は理由がない。

そうすると、「上記数値限定とは、本願明細書の記載をみると、ある程度、非接着領域を残す程度の意味に解され、この点で引用例の場合と共通しているので、前記数値限定に格別の技術的意義は認められない。」とした審決の判断には誤りがないというべきである。

3 以上によれば、本願発明は、引用例の記載内容に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとした審決の判断に誤りはないというべきである。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

(1) 主として〇・六五cm(1/4インチ)以下の長さを有する維繊の二六七平方メートル(二八八〇平方フイート)あたりの連量が約九乃至四五キログラム(約二〇乃至一〇〇ポンド)の積層様の一体物の繊維ウエブよりなり、前記ウエブがクレープ処理による波型の配置を有しており且つやわらかく吸収性のある中央コア部分によつて接続された第一および第二の強い耐摩擦性の表面部分を有し、前記中央コア部分においては前記表面部分におけるよりも繊維の凝集が少なく、それによりウエブの嵩、柔らかさ、および吸収性が増大されているような繊維質シート材料において、前記各表面部分が当該表面部における繊維を強固な網状に結合するための結合物質を有し、前記結合物質は前記ウエブの厚さの一〇乃至六〇%にわたり浸透し、且つ一方の表面部からウエブ中に浸透する結合物質は他方の表面部から浸透する結合物質と実質的に接続されてなくて、第一の表面部の結合物質はその表面積の約一五%~約六〇%を占める隔間した微細なパターンを以つて配置され、少なくとも一つの表面部の結合物質の存在する部分が微細にクレープされていることを特徴とする繊維質シート材料。

(2) 前記第一項に記載の一体物の積層様繊維質ウエブを形成する方法において、繊維質ウエブを形成する段階と、ウエブに結合物質を塗布する段階と、ウエブをクレープ表面からクレープする段階とを含み、前記結合物質の塗布はウエブの第一の表面に完成品のウエブの全体の厚さの約一〇乃至約六〇%にわたり浸透する第一の結合物質を塗布することと、第二の表面に、その表面の約一五%~約六〇%をおおう微細に隔間したパターンを以つて完成品のウエブの全体の厚さの約一〇乃至約六〇%にわたり浸透し、且つ前記の第一の結合物質とは実質的に接続しない第二の結合物質を塗布することとを含み、ウエブの一方の側の結合された部分が結合物質を利用することによりクレープ表面に接着されることを特徴とする方法。

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